青空侍のシネマ徒然日記

映画や音楽について、徒然なるままに・・・

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orkesutora2.jpg 時代の流れは時として、その国や土地固有の大切な文化を破壊してしまうことがあるけれど、ヨーロッパの歴史を振り返ってみると、特に文化の創造と破壊と再生を繰り返してきた歴史であるように思われます。
 権力者は、その力を誇示し維持するために、自らの意に沿わない過去、特に伝統的なものを否定し、その伝承者を抹殺してしまいます。

 この映画を観て知ったのですが、ブレジネフ時代のソ連でも、ユダヤ人の音楽家やそれを擁護するロシア人たちが排斥されていたそうです。それほど昔とは思えない時代にあってこのように非人道的なことが平気で起こっていたとは・・・。同じことは文化大革命時代の中国でも起こっていたようですが、近くにあって遠すぎる国であったこのような国家の事は最近になるまで本当に分からなかったわけです。

 いずれにせよ、権力者の都合によって芸術や文化を破壊することの罪深さを、私たちは肝に銘じて、決して繰り返さないようにしなくてはなりません。

 ということで、「オーケストラ!」ですが、ブレジネフ時代のボリショイ交響楽団を舞台に、弾圧された音楽家たちの一発大逆転の成功譚を、ユーモアを交えながら感動的に描いています。

 ドン底に突き落とされた音楽家たちは、楽器がこなせる市井の名もなき庶民になっているわけで、それぞれに日々の生活に追われながらたくましく生き抜いているのです。そんな彼らが、人生の”ラストチャンス”で見せるしたたかさは、芸術に対する純粋な思いとともに”どっこい生きているぜ”という人間の強さが伝わってきて、観ている私たちの心にも勇気を与えてくれます。

 劇中に奏でられる名曲の数々。特にエンディングの演奏は感動的です。本物の芸術・文化はいかに破壊しようとも必ず再生するものなのです。

 本国で大ヒットしたということがうなずける素晴らしい映画でした。

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oosikamura1.jpg
 本当に楽しい映画でした。

 この役者たちの何と素晴らしいことか。その芸域の広さと深さには感嘆するばかりです。観る者の心をくすぐるかのごとく、一朝一夕には到達できない芸の境地を披露してくれていました。嬉しくなってしまいます。

 原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、石橋蓮司、三國連太郎・・・。なんて個性的で魅力的な面々。昭和映画史を語るときに決して外せない人たちですね。20年前、いや30年前であれば、さぞや前衛的で過激な映画が作られていたであろうこのキャスティング。そこに懐かしい小倉一郎やでんでんが見事に絡んで、何とも大らかで微笑ましいご当地映画を作ってくれたことに感謝したいですね。この人たちの前では佐藤浩市も松たか子もひよっこ扱いで、芸の修業をさせてもらっているようなものです。2人ともそうした思いなのか、嬉々として若造を演じているところがまた嬉しいですね。わたしの頬は、終始緩みっぱなしでした。

 これが原田芳雄の遺作になるのだとか。100本以上の映画に出演し、圧倒的な存在感で松田勇作の憧れでもあった彼の最後の作品が、このような心温まる優しい映画であったということは、彼自身の人生そのものを象徴しているように感じられます。
 一見、強面でとっつきにくそうな彼の下には、たくさんの役者たちが彼を慕って集まってきていたそうです。決して強制ではなく、本当に彼の人間性を慕って集まってきていたのでしょうね。そこに役者原田芳雄の神髄が見て取られ、そうした役者人生の境地がこの作品に見られるように思います。

 原田芳雄亡き後の日本映画界。きっと何かが変わってしまうと思いますが、彼の意志は多くの役者たちに引き継がれ日本映画界の底流をいつまでも流れていくのだと思います。

 原田芳雄が人生の最後にわれわれ映画ファンに披露してくれた”別れの宴”のごときこの映画、心の底から楽しく味わわせていただきました。

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yaminoressha2.jpg これが現実なのであれば、この列車は一体どこに向かって走っているのだろうか。

 アメリカに行けば幸福が待っているなんてことを信じている人は、さすがにもう何処にもいないだろうけど、それでも命を懸けても国境を越えようとする人たち。アメリカに夢があるかないかなんてことが問題ではなくて、あまりにも夢のない現実が問題なのか…。

 列車の屋上から山上に見えるキリスト像に祈りをささげる移民たちの姿が描かれていましたが、絶望的な状況にあってもすべては神の思し召しとして受け入れることができるのでしょうか。

 やり切れなさと閉塞感と…。彼女の未来にせめて微かな光を感じたいと願いつつ観終えた時に、では日本の未来に光はあるのかとふと考えて、我々の終着駅を思わずにはいられませんでした。

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boronya2.jpg どの映画を観ようかと考えるとき、好きな監督や役者の作品である場合は除いて、前評判や受賞状況が大きな判断材料にあることは言うまでもありませんが、やはり”直観”のようなものが一番大切であるように思います。
 ポスターやチラシから映画全体の雰囲気をつかみ、今の自分に合っているかどうか…。レンタルビデオ屋さんに行って、DVDのジャケットで判断するのもこの類ですね。思えば、かつてレコードを買うときにも同じ作業をしていたなぁと思います。LPレコードのジャケットを見て衝動買いしてしまったことが何度あることか。でも、ほとんどの場合後悔することなく、むしろ自分が知らなかった世界の扉を開けてくれたような気がします。
 そんな時、もう一つ大きな影響力を持っているのがタイトルですね。どんなに素晴らしい映画も、タイトルが陳腐だと観る気がしません。逆にタイトルに惹かれて観た映画もたくさんあります。ただ、これは失敗することもよくありました。邦画はともかく外国語映画の場合、映画会社の誰かがつけているのであろうタイトルは、本当に出来不出来に差があります。だから、原題のままにすればよかったのにと思う作品の何と多いことか。
 一方で、私の大好きな作品の一つ「ランボー」などは「First Blood」というタイトルであれほどのヒットをしたとは思えません。現に、アメリカでも「RAMBO」というタイトルに改められているそうです。

 そこで、「ボローニャの夕暮れ」です。
 原題を訳すと「ジョバンナの父」ということなのだそうですが、こちらの方が映画の内容にはあっているように思います。まさにジョバンナの父の物語です。でも、それじゃぁ観る気になれなかったでしょうね。
 ボローニャという地名が醸し出す異国情調に加えて夕暮れという言葉が持つ郷愁。騙されてはいけないと思いつつも、つい惹かれてしまうわけです。DVDのジャケットもまさにそのあたりを狙ったつくりになっているわけで、気弱になっているときにこれを手に取ってしまうと、つい観てしまうといった…(笑)。
 結局、まんまと観せられてしまいました。

 感想は、ジャケ買いは怖い…といったことでしょうか。決してつまらない映画ではありませんが、期待していたものとは少し違っていたので戸惑ってしまいました。今、観たい作品ではなかったということです。そこが少し残念でした。

 でも、当時のイタリアの雰囲気を楽しむのであればなかなかいい作品であると思うし、ある程度の予備知識を持って観たのであれば、きっともっと楽しめたのだと思います。同時代のドイツを舞台にした映画「白いリボン」と比べて観ると、さらに楽しめるかもしれません。

 結局、勝手な思い込みで観ると痛い目に合うこともあるということでしょうか(笑)。でも、そうした思い込みや”直観”がなくては、いい映画にも巡り会ませんね。観て損をする映画もありません。今は合わなくても次観た時は感動することだってあるのです。
 そんなことをあれこれ考えさせてくれた作品でした。

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shodou1.jpg こういう作品を”ご当地映画”というのでしょうか。これまでにもたくさん作られてきたと思いますが、地方の高校の部活動を題材にしているものが多いように思います。
 共通しているのは、地方が舞台であることと、マイナーな部活動が題材になっていること。そして、その多くが実話をもとにしていること。そのあたりが共感を呼ぶポイントになっているのではないでしょうか。
 運動部系でまず思い浮かぶのが「ウォーターボーイズ」。そして、「シムソンズ」。前者はTVドラマ・映画ともに大ヒットしました。後者もなかなかいい作品だと思います。ともに、目の付け所がよかったように思います。「スマイル 聖夜の奇跡」も、私は好きです。また、メジャーな野球を題材にしている「ROOKIES」もこの括りに入れてもよいとすると、この手の作品で近年もっとも成功した作品と言えると思います。
 文化部系も頑張っています。「スイングガールズ」なんかが代表作と思いますが、これは「ウォーターボーイズ」の二番煎じ的で個人的にはいま一つだったのですが…。でも、この映画から素晴らしい女優が多く育っていることからすると、価値のある作品であるとも思います。他に「恋は五七五!」なんていう面白い作品もありました。同じ四国・愛媛を舞台にしている点でも「書道ガールズ」に通じるものがありますね。四国つながりで「阿波DANCE」っていうのもあるんですが、「シムソンズ」のスタッフが2匹目のどじょうを狙って失敗したというなんともみっともない映画でした。
 この「書道ガールズ」は、やはり実話にヒントを得て作られたということですが、それが良くも悪くも映画全体を規定してしまっているように思いました。実話の持つ感動性とそれ以上には作れないジレンマと…。これはこの手の作品では避けては通れない問題でしょうが、それを克服した作品がオリジナリティーを持った映画として成功するのではないでしょうか。
 成海璃子はやっぱり面白い女優ですね。彼女を見ているだけで飽きません。これからどんなふうに化けてくれるのか、楽しみでなりません。主役を張れるだけの”何か”を彼女には感じます。
 実話がベースという縛りがあるのでしょうが、もう少し物語をしっかり作って欲しかったように思います。ガールズたちひとり一人の背景が希薄で、ラストの感動には何かが足りなかったような気がします。
 しかし、近年”書道パフォーマンス”を各所で見かけます。それに一役買ったこの作品は、”ご当地映画”としては大成功なのかもしれません。

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my name is khan1 とてもコメントしにくい映画ですね。でも、私は好きです、この映画。
 
 全くの予備知識なしで観たもんで、驚きや戸惑いも多少はありましたが、観ている間も、観終えた時も、そしてしばらくたった今でも、温かな気持ちにさせてくれる何かを持った映画だと思います。

 発達障害のある一人の男の人生・・・。これだけで大きなテーマを持った作品だといえます。障害をテーマにした作品は、これまで幾度となく作られています。また、名作も多いように思います。この作品も、大きくくくるとその一つになるのでしょうが、それだけではない要素がもう一つあるのがこの映画最大の特徴だと思います。
 もう一つのテーマ。アメリカ社会におけるイスラム教徒の存在。というか、イスラム教徒として、アメリカ社会でいかに生きていくかということ・・・。
 9.11以降、これは厳しい問題ですね。日本にあっても、イスラム系の人たちの存在というのは他とは違った微妙な空気を生み出す要素を持っているように思います。ましてや、アメリカではどうなのか?想像に難くありません。ただ、現実にどうなのかという情報は極めて乏しいのですが。
 
 イスラム教徒でアスペルガー症候群の中年男性が、アメリカで生きていくということがどういうことであるのか。ブッシュ大統領からオバマ大統領の誕生へ・・・変わっていくアメリカ社会を背景にさまざまな課題が私たちに提示されます。その一つ一つを考えさせながら、ラブストーリーという側面も持つこの作品、インド映画独特のサービス精神をギリギリ抑制しながらも所々でちょっとやりすぎるご愛嬌もありながら、最後まで一気に見せてくれます。

 主演のシャー・ルク・カーンとカージョルが素晴らしいですね。特にカージョルが魅力的で、他の作品が見たくなりました。

 決して完璧じゃない、ダンスなし、ちょっと長めのインド映画ですが、十分に楽しめるとともにいろんなことを考えるきっかけにもなると思うので、みなさんにお薦めしたいと思います。そして、みんなの感想が聞きたいなぁと、そんな気にさせる映画でした。

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permanentnobara2.jpg もし、この映画の主人公が菅野美穂ではなかったら・・・。

 西原恵理子原作の映画はこれまでに何作か作られてきました。私も「ぼくんち」「女の子ものがたり」を観ましたが、TVで語られる彼女の話ほどには面白くなかったように思います。西原漫画のファンではない私が漫画との比較はできないのですが、映画的に成功している作品はこれまで無いのではないでしょうか。彼女の実人生があまりにも波乱に充ち劇的でもあるので、どうしてもそれを描けば面白い作品になると思われるのでしょうが、現実以上のドラマは作れないんでしょうね。

 この作品でも、個性的な人物が主役の”なおこ”を取り巻き、さまざまなエピソードを繰り広げるのですが、もうひとつ面白くありません。原作では、きっと面白いのでしょうが・・・。
 出演陣も夏木マリや小池栄子、そして池脇千鶴などが熱演しているのですが、”パーマネント野ばら”に集まるおばちゃんたちの毒気にペースを乱されたのか(笑)、全体としてのバランスがいま一つでしっくりきていません。
 結果的に、主人公の哀しみを際立たせるはずの背景部分のドラマが中途半端になり、作品全体の構成を危うくさせているように感じました。

 しかし、ここで菅野美穂です。彼女が演じるとどうしてこんなにも可愛らしく切ないのでしょうか。そして、そこに佇むだけでその人物の背景を浮かび上がらせる演技力。きっと、自分が演じるべき人物のことをしっかりと理解しているからなのでしょうね。
 この作品でも、菅野美穂の場面になるとぐっと画面が締まります。だから、背景の描き方が不十分でもラストまで見せてしまうのです。そして、私の心は鷲掴みに・・・。

 NHKドラマ「坂の上の雲」でも圧倒的な存在感を見せている菅野美穂。これまで映画では成功と言えるほどの作品には恵まれていませんが、これからの日本を代表する映画女優になることは間違いない、是非そうなってほしいと願っています。

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gaku1.jpg 原作を読まず、山に対しても特別な思いを持たない私のような者が、果たして楽しむことができるのだろうと思いつつ鑑賞しました。結果、十分に楽しめるとともに、原作にも山にも興味を持つことができました。それだけで、評価できる作品だといえるのではないでしょうか。

 とにかく、スクリーンいっぱいに映し出される壮大な山の景観には心を奪われますね。こんな景色を見ることができるのなら一度山登りに挑戦しようかなぁ等と考えながら観ていたわけですが、そんな風に安易に考える輩がいるから山岳救助隊が必要なのだと気づかされる展開に、これまた簡単に反省。でも、それほど山の美しさと残酷さがよく描かれていたように思います。

 この作品、原作のファンが観ればどうなのでしょうね。「のだめカンタービレ」のような成功例もありますが、小説以上に漫画の実写映画化は難しいと思います。どこまで原作に忠実に作られているのでしょうか。知人に原作をお借りしているので、これから漫画を読んでみようと思いますが、漫画を読むと評価が変わるかもしれませんね(笑)。

 映画本編とは関係ないのですが、この作品を観ながら考えていたのは、長澤まさみはまた不当に低い評価をされるのだろうなぁ…ということです。「世界の中心で、愛をさけぶ」で若手トップ女優となって以降、作品に恵まれないこともあったと思うのですが、期待や話題先行で評価は下がる一方であったように思います。それなりの出来であっても期待ややっかみが大きすぎるためでしょうね、バッシングを受けてしまう。この状況、かつてジャイアンツの4番を打っていいた当時の原辰徳に重なって見えるのは私だけでしょうか。
 しかし、長澤まさみはやはりいい女優だと思うんです。今回は椎名久美という女性を魅力的に演じられていました。こういう役って案外難しいと思います。演技過剰になると臭くなってしまうし、でも、それなりに頑張った演技をしないと見栄えがしないし。彼女はそのあたりの微妙なバランスをちゃんと心得ているように感じました。

 その他、小栗旬もよかったですね。彼の作品では「キサラギ」に次ぐ好感度でした。

 今年を代表する邦画…とまでは言えませんが、作品全体から誠実に作ろうという意欲が伝わってきて、観終えた時に何故か清々しい気持ちになれた、ちょっと人に薦めたくなる映画でした。

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siroiribon1.jpg 映画のエンディングにおいて、一瞬気を緩めてしまったらいつの間にか終わっていました・・・(苦笑)。結局、すべての問題を観客に丸投げ状態したままの終わり方には面喰ってしまいましたが、他のレビュー等を読むと、どうもこの監督の手法のようです。そういう映画に慣れていない私としては、もう一度見直して整理しなくてはなどと考えても見たのですが、もう一度この物語を見直す気には正直なれませんでした(笑)。

 物語と表現しましたが、そもそもこれは物語として成り立っているのでしょうか。第1次世界大戦前夜のドイツの村に起こった些細な出来事を綴った内容ですが、それぞれの出来事や登場人物がどのように関連しているのか等は観客が勝手に考えなさいといった描き方なので、語り部的な役割の教師の立場から覗き見ているだけのようにも思われます。そして、観客が寄り添うべき教師の考えももう一つ伝わってこないために、どのように観ればよいのかと戸惑うばかりです。

 ただ、物語性を無視し、登場人物の人生について考えることをやめれば、面白く見ることができるかもしれません。

 不勉強な私にはよくわからないところなのですが、第1次世界大戦に突入する頃のヨーロッパ(特にドイツ)はこのような雰囲気だったのでしょうか。現在のドイツのこともよく知らないので比較もできませんが、ずいぶんと閉鎖的で権威主義的で差別的・・・、とても息苦しい社会であったのかと思えました。
 ”白いリボン”に象徴される権威主義的で抑圧された社会。一見、貴族、教会、医者といった権威が村の秩序を守っているように見えますが、それぞれの人物にそれだけの魅力も能力もなく、旧態然とした村の仕組みによってかろうじて守られている権威では、もはやコントロールができない状態になっているようです。
 その結果引き起こされる数々の事件。それらは結局何ら解決されません。いや、解決しようとするとかえって辛うじて保たれている村の秩序が崩壊することを知っているから、誰もそれに深く立ち入ろうとしないのかもしれません。沈黙こそ金なのでしょうか。
 でも、子供たちはそうはいきません。決して純真だからとは言いたくありませんが、世の中の複雑な計算がまだできない子供たちのとる行動は、とても単純です。単純さゆえに、大人たちは戸惑います。また、コントロールがとても難しい場合があります。そこで、鞭とリボン・・・となるわけですね。リボンの白さがとても押しつけがましく権威的で吐き気を催します。
 当時のドイツの村々では、こうした閉塞感が充満していたのでしょうか。その突破口が第1次世界大戦であり、その後のヒットラーの台頭へと・・・。古い権威が崩壊し、新たな権威の再構築が試みられ、そしてそれも否定されていく。そうした激動の時代へ突入していく直前の狂気じみた静けさ、そんな時代の空気を感じる映画なのでしょうか、この作品は。

 モノクロの美しい画面と抑制された演技はとても見ごたえがあり、謎解きの面白さも少し味わえるこの作品は、決して誰にでもお勧めできる映画ではありませんが、いろいろなことを感じさせてくれる良い映画であると思います。でも、もう一度見たいとは思えません。やはり、典型的な現代の日本人である私には理解しがたい内容であり、あえてもう一度見直して何としてでも理解しようとも思えませんから。

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tokikake1.jpg 私が小学生の時に「タイムトラベラー」が放映されました。少し怖かったような印象が残っています。あまり、ちゃんとは見ていなかったのでしょうね、それ以上の記憶はありません。ただ、ケン・ソゴルという名前だけは今も鮮やかに記憶しています。この名前を聞くだけでドキドキするのは何故でしょうか?また、こんな風な気持ちになるのは私だけでしょうか?

 大学も卒業するころに「時をかける少女」を観ました。大林映画の大ファンであった私は、当然この映画が大好きになりました。ビデオレンタルも始まったころだったので、何度繰り返し見たことでしょうか。行ったこともない尾道の坂道に、故郷に似た感情を抱くほどです。

 そして、5年ほど前に見たアニメ「時をかける少女」。アニメとして再映画化されるとは思いもよりませんでしたが、とても素晴らしい出来にオリジナルのファンも大納得でした。

 今回は、正直少し見るのを躊躇していました。実写で、あのオリジナルの世界観を超えることは不可能であるように思われたからです。爽やかでありながら何処か切なく、未来を描きながらなぜか懐かしい・・・、原田知世とともに私にとっては完璧に完成された世界が「時をかける少女」にはあるわけですから、続編を作ること自体が暴挙のように思われるわけです。

 でも、今回この作品を作ろうとした人たちは、そんなファンが沢山いることは百もご承知ですよね。それでも作ろうっていうのですから、相当な覚悟で作ってるわけで、我々のようなオールド・ファンの心理も心得ている本当によく考えられた脚本であると思いました。むしろ、この作品はずっと「時をかける少女」を愛し続けてきた人たちこそが味わえる、巧みな仕掛け満載の映画のようにも思えました。

 キャスティングがいいですね。仲里依紗はアニメ版の時もよかったですが、典型的な現代の若者像を演じるとともに、昭和の風景にも見事に溶け込むことができていました。そして、中尾明慶が1970年代の純な若者を見事に演じていました。アパートでの2人のやりとりや8ミリ映画製作のくだりなど、当時青春時代を送っていた、特に映画青年であった我々にはたまらなく懐かしく切なく、嬉しい仕掛けでした(笑)。
 母親役の安田成美もよかったですね。彼女なんかも私たちには自動的に郷愁をそそられる存在であるわけです。でも、やっぱり原田知世と尾美としのりに出て欲しかったなぁ。
そして、深町一夫・・・いやケン・ソゴル。石丸幹二という劇団四季出身の役者のようですが、力量を備えながらあまり一般的には知られていない役者(失礼)であることで、ケン・ソゴル役にはピッタリかなと思いました。やはりこの役は、謎めいていなくてはいけませんから。
 
 1970年代の描き方がよかったですね。ことさらそれを売りにしていないところに好感が持てます。さりげなく描かれる懐かし風景に、おじ様たちはニンマリです(笑)。

 先にも少し触れましたが、8ミリ映画の撮影風景は、かつて同じように映画を作っていた端くれとして、とても懐かしく嬉しかったです。あの頃は、なけなしのお金を集めてすべてフィルム代につぎ込んでいたんですよねぇ。編集機の画面に浮かぶ仲里依紗の姿には、物語に関係なく涙が出そうになりました。

 私は、あの頃に何か大切な忘れ物をしてきたように思えてなりません。でも、それが何なのかが思い出せない・・・。普段は日々の忙しさの中でそんなことを忘れているのですが、この映画はそんな思いを呼び起こしてくれました。
 もしかしたら、みんなそうなんじゃぁ・・・。
 私のクラスにもケン・ソゴルがいて、輝かしくも切なかったあの青春の日々の一コマをそっと消し去ってしまったのかもしれないなぁ・・・などと考えてしまいました。

 この作品は、単に「時をかける少女」のその後日譚を描いたというわけではなく、「時をかける少女」を観てきた私たちの過去と現在が浮かび上がってくる、私たち自身をタイムリープさせるという仕掛けが巧みに施された、ラベンダーの香り漂う映画であったわけです。

 いや、参った。私はつい「時をかける○○○」になってしまいました。


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eikokuou3.jpg 久しぶりに完璧な作品に出会えたように思います。この映画は、今よりも10年後、20年後に評価が高くなっているのではないでしょうか。その間ずっと人々に愛され続けるのだと思います。「ローマの休日」のように。

 何と言っても脚本が素晴らしい。歴史上の事実を描きながら、これほどまでに豊かな物語に仕上げた脚本は見事としか言いようがありません。登場人物ひとりひとりが生き生きと描かれ、無駄な描写が少しもありません。重くなりがちな題材を、優しく温かくユーモアたっぷりに描くことによって、かえって多くの人がより深く真実の核心に触れることができるようになったのではないでしょうか。たとえ多少美化された部分があるとしても、この映画は私たちにとても大切なことを伝えてくれたように思います。

 演出も素晴らしいですね。奇をてらうことも観客に媚びることもありません。演出を感じさせない、しかし、計算されつくされたその演出に脱帽です。私たちはスクリーンに見入り、監督の作り出した世界に身を委ねていればよいのです。とても心地よく感動に導いてくれます。この映画を見てよかったと、心から思わせてくれるのです。

 役者たちもいいですね。それぞれの役をよく理解し、見事に演じきってくれています。プロの仕事を見せてくれたという感じです。

 この映画は、突出したものは無いのですが、映画としてすべてが程よくまとまっています。その程よさが完璧で、パーフェクトな作品に仕上がっているように思います。こういう映画が、永く映画ファンに愛されるのではないでしょうか。そうであってほしいと思います。

 10年後、20年後に観直したいですね。きっと今とは違った感動を得られると思います。先日久しぶりに「フォロー・ミー」を観た時のように。


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blackswan2.jpg この作品で彼女がアカデミー主演女優賞を受賞したことは頷けます。

 そして、作品賞を逃したこともやはり頷けます。

 私はこの作品を観ながら、いつの間にか主人公のニナではなく主演女優のナタリー・ポートマンを観ていたように思います。鍛え抜かれた肉体と鬼気迫る彼女の演技から目を離すことができなかったのは事実です。
 「凄い!」
 でも、それはナタリー・ポートマンに対する感想ですね。いい女優から凄い女優になっていく瞬間に、私は興奮していたのではないかと思います。

 でも、やっぱりニナの心に寄り添って観たかった。女優のことなど忘れて。

 そんな作品にあってウィノナ・ライダーが素晴らしかったと思います。とても惹きつけられるものがありました。後になって彼女であることを知ったのですが、誰が演じたからということに関係なく、そこだけ異彩を放つかのようにとても説得力がありました。

 この作品によってナタリー・ポートマンの女優人生は大きく変わっていくと思いますが、少なくとも私の人生が変わることはないと思います。

 だから、作品賞は「英国王のスピーチ」に・・・。2作品を見比べると、なるほど納得の選考だと大きく頷かずにはいられません。

 素晴らしい作品だけに、ちょっと残念な作品でした。

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youkamenosemi3.jpg 物語としては「・・・。」と考えてしまうところもあるのですが、映画として素晴らしく仕上げているなぁというのが率直な感想です。
 途中挿入される印象的な風景や独特の雰囲気を醸し出している建物などが、映画としての奥行きを生み出し、それが登場人物の陰影を見事に際立たせているように思います。これは映画だなぁと思える演出が随所に見られ、その力に圧倒されました。
 それと、他の人も指摘されているように、女優の方たちの演技が素晴らしかったですね。主演の永作博美はやはりの演技でしたし、森口瑤子も素晴らしくて見直しました。井上真央も大健闘。一皮むけるかな?と思わせる演技です。そして、小池栄子。この人はかしこい人だなぁと思います。隠れた名優じゃないでしょうか。「パコと魔法の絵本」の時もよかったですが、今回はそれ以上に確かな演技力を感じました。主演作がみたいなぁ。
 作品としては、もう少し何かがあれば傑作になったのに・・・と少し残念です。前半とラストが甘いような。惜しい!
 でも、映画を十分満喫させてくれましたので、満足しました。

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follome3.jpg  私には、もう一度観たい映画が3本ありました。
 1本目は「フレンズ~ポールとミッシェル」。TVで放映されたとき、ドキドキしながら観た記憶があります。そして、当然の事ながらアニセー・アルビナのファンに・・・。当時人気を二分していた?「小さな恋のメロディー」のトレシー・ハイドよりも、小悪魔的な魅力を持った彼女に心ひかれたものです。評価の低い「続フレンズ」も大好きです。2006年に他界されたとか。とても残念でなりません。
 2本目は「ジョニーは戦場へ行った」。これもTVで観て、とてもショックを受けた作品です。そして、とても影響を受けました。戦争を思うとき、必ず思い起こす作品の一つです。
 「フレンズ~ポールとミッシェル」は、数年前にDVD化されて見直すことが出来ました。「ジョニーは戦場へ行った」は、近所のTSUTAYAの片隅でビデオを発見し、すぐにレンタルして見直しました。どちらもやっぱり素晴らしい作品でした。私という人間の基本的な部分の一部は、こうした映画で作られてきたんだなぁと改めて感じた次第です。

 そして、どうしても観たかったもう1本が「フォロー・ミー」なのです。

 この作品も、DVD化されていなかったんですよねぇ。そして、このたび念願のDVDに。早速amazonに注文。届いたその日に見直しました。

 なんて、お洒落なんでしょう。そして、とても優しく、温かく、可愛くて、可笑しい。初めて観たときに感じた”幸せな気持ち”は、勘違いでも思いこみでもなく、本物であったことが確かめられました。なんて素敵な映画でしょう!

 まだご覧になっていない人のために内容については語りません。ぜひご覧になって下さい。きっとこれまで以上に映画が好きになると思います。

 素晴らしい映画がこうして蘇り、また私たちを楽しませてくれる。嬉しいことです。

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caterpillar2.jpg 「軍神様」なんだから・・・。

 この男は、自らの意思とは関係なく「軍神様」となりました。そして、この女は、自動的に「軍神様の(貞淑な)妻」となったのです。

 時代というものは簡単に”神”を作るんですね。とても身勝手に。

 ”神”であるということは・・・。

 それは、”己”というものを全否定されることかも知れません。この男の何処が”神”なのでしょうか。でも、そんなことは関係ないんです。あの時代の状況下では、”神”となってもらうことが都合がいいわけだから。

 扱いにくいですよ、あんな姿で帰ってきた兵士なんて。たたえそれが蛮行の末の姿であろうと、その姿を否定することなど出来ません。だから、”神”に祭り上げて奉っておくのが一番無難なんですよ。心の中ではどう思っていようが、自分達の生活を脅かされないようにするために、神様は拝んでおけばいいわけですから。とりあえず。

 戦争とは、そんなことも平気にしてしまうものだということでしょうか。

 「軍神様」なんだから・・・。それぞれの立場の人が発するこの言葉の意味は、それぞれに身勝手で無責任なものですね。そして、男と女は、この言葉の前にいよいよ”己”を失っていきます。

 あの時代において、「軍神様」がどのような存在であったのかは分かりようもありませんが、ある種の”権威”ではあったようですね。なにせ”神”ですから。

 ”権威”といえば、あの時代、男であることがひとつの”権威”だったようですね。だから、夫は妻に・・・。また、彼の国においては”日本兵”であることもひとつの”権威”で。だから、日本兵は彼の国の女性を・・・。この場合も、”己”は否定されているのでしょうか。もしかするとそうかも知れません。

 男と女。二人きりの生活で、あらゆる”権威”が剥がれていきます。もはや男は、男でも日本兵でもなく、”芋虫”の如き生き物としてのみ女の前に存在できるのです。そして、これこそが、男の”己”の剥き身なのでしょうね。食べて寝て求めて・・・。とても基本的な生き物としての日常。”軍神様”であることも、男は拒否します。

 女は、”芋虫”たる男と向き合い、自身もやがて剥き身たる”己”を見せ始めます。姿こそ変わりませんが、その生き様もまた”芋虫”の如しです。女と男の”権威”は逆転してしまいます。

 そして、結末・・・。
 
 食べる、寝る、交わる、食べる、寝る、交わる・・・・。戦火を遠く離れて淡々と積み重ねられていく日常。しかし、戦争は続いている。男と女の内と外で。

 ”権威”が時としてこの世の中を狂わせてしまいます。そして、人が神になる時代は、不幸だと思います。

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raiou1.jpg この秋は時代劇ブームのようで個性的な作品が次々公開されていますが、やはり蒼井優が主演ということで「雷桜」を見てきました。

 うーん。評価の難しい作品ですねぇ。

 個々の役者の演技には賛辞に値する部分もあるのですが、全員がそうかというとそうでもないんですね。また、”切腹”のシーンなどの斬新な演出に興奮するところもあるのですが、ついウトウトしてしまうという退屈な時間帯もあるんです。※あってはならないことなのですが・・・。

 物語も、少し無理があるんじゃないかなぁ。将軍家の子供があんな風に自由にあちらこちら・・・。そして、天狗親子はどうしてあの森で十数年も平和に生活できたのか・・・。その他、細かな部分でも???がいっぱいです。※ウトウトしてしまったところにその答えがあったのかなぁ(苦笑)。
 そして、とても薄っぺらい。表面的な部分しか描かれていないなぁ・・・と思いながら観ていました。一人一人の人物像が全く伝わってこないんですよね。だから、誰にも感情移入が出来ない。時折見せられる役者単独の熱演によってグッと惹きつけられても、それは演技にであって、物語の人物に対しては何ら思いを持つことが出来ません。演出が悪いのか脚本が悪いのか、蒼井優や柄本明等が熱演すればするほど、その薄っぺらさが際立ってしまう結果になっていたように思います。とても残念でした。

 でも、最後は何となく感動させられたんですよ。もう、強引にって感じで。(笑)

 これを時代劇として見たら、全くダメでしょうね。もっと、ちゃんと作って欲しいと思います。時代考証等、スクリーンには映らないところまでこだわって作られてきた日本映画の時代劇に対する伝統を大切にしていただきたいし、やっぱりいつの時代でも堂々たる日本映画としての時代劇を期待するじゃありませんか。日本人として。

 最近、岡田将生をよく観ますね。TVで彼を観ない日がないほどです。でも、これだ!という感じの役には、まだめぐり会えていないような気がします。妙ににやけた笑顔ばかりが印象に残ってしまい・・・。「天然コケッコー」とか「ハルフウェイ」の時に見せていた輝きが、少し消えてしまったようにさえ思います。だから、いろんな役に挑戦して自分探しをしているのでしょうか。残念ながら今回も、これだ!じゃなかったですね。
 スケールの大きな役者になる可能性を秘めているように感じるので、早く彼に素晴らしい役を与える監督が現れてくれることを願います。

 蒼井優は、やはり蒼井優でした。しかし、今回はやや不発かな。今後につながる作品になって欲しいと思います。乗馬の経験は大きいかもしれませんね。彼女の場合も、これまでの殻をうち破るいい作品、いい監督に巡り会えないかなぁ・・・。

 ところどころに輝きを放ちつつ、少し残念な気持ちにさせられた133分間でした。

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umizaru3 1 TVシリーズからずっと見続けてきた者にとっては、これで最後かと思うとやはり残念な終わり方だったでしょうか。
 3Dであることが+αとはならず、かえって見辛さにつながってしまったように思えます。メガネをかけると画面が暗くなってしまいとても疲れました。また、3Dじゃなくてもよいような場面(自宅での環菜のシーンなど)ほど立体的になり、肝心のレガリア等は画面が暗くてよく分からないのでは、逆効果としか言いようがありません。
 それにしても、仙崎たち海上保安庁の面々が、何よりも人命を救助することを第一義に命がけの頑張りを見せる姿は、やはり感動的なものです。そこに、家族愛や仲間への思い、自らの恐怖心との闘いなども織り込んだ演出は娯楽作品の王道で、安心してみることが出来ました。家族と一緒に見るには最適ですね。ただ、前作が素晴らしかっただけにどうしても既視感があり、せっかくの素晴らしい演出も上手くまとめたといった感じで驚きや興奮は少なかったように思います。
 シリーズものの安定感とマンネリ感、両面を見せてしまいましたね。もう少し、それらを超えた+αが欲しかったと思います。(3Dがそれだとしたら、安易すぎます)
 見終えて帰宅すると、「LIMIT OF LOVE 海猿」がTVで放映されていました。思わず最後まで見入ってしまいました。2Dでもこの興奮。感動。やはり、面白い。映画は台本だと改めて思いました。そして、これで終わってしまうのはやっぱり寂しい。いつの日か続編が作られることをファンとしては期待せざるを得ません。
 伊藤英明を初めとする海保のキャスト陣が、”その日”のために筋トレを続けてほしい・・・というのは、勝手なお願いでしょうか。

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karafuru3.jpg 生きることの意味を問う映画は多いと思います。いや、全ての映画はそのために作られてると言ってもよいのではないでしょうか。表現するということの衝動の根元にあるのは、”生”と”死”に対する答え探しにあると考えます。

 「カラフル」。
 
 このタイトルで作者が伝えようとしている思いは・・・。

 ”自分はこの世に存在してもよいのだろうか”という疑念を抱いたことのある人は多いと思います。というよりも、その答えを探し続けることこそが生きるということであり、その長い旅を人生というのではないでしょうか。

 何かにひたむきになっている時はそうした疑念を抱く余裕もありません。ほとんどの人が、人生の大半でそうした時間を重ねているように思います。
 でも、時々、人はそのことを思い出します。ふと気がつくと、自分を取り巻く世界にあって自分という存在の何と曖昧なこと・・・。”自分って何?”と自問自答。答えなんて見つかるはずもありません。人類総がかりになってこれまで考え続けてきたこの問に対して、唯一絶対的な答えを示すことが出来た人なんていないのですから。
 
 カラフル。

 ”ぼく”が辿り着いた答え。
 これでいいかなぁ・・・。これでも、いいかなぁ。

 ”自分はこの世に存在してもよいのだ”と思えた瞬間、身体中に生命がいっぱいに膨らんでいくような感覚を覚えます。温かい、とても満ち足りた感じ。一瞬、いつもどこかに抱いていた不安を忘れることができます。

 ”生”の実感。
 日常の中で感じられるかなぁ。
 日常の中でこそ、感じていたいなぁ。

 原恵一監督が描いた日常は、その画風も含めてとてもリアルな物でした。全体を支配する”死”の影・・・。とても痛々しく、哀しくもありました。でも、じっと見ていると、そこかしこに”生”の喜びも感じられ、意識の中心をそちらに移すとあたたかな光がだんだん広がっていくように思いました。
 この作品では、日常をいかに描くのかということがとても重要だったのではないでしょうか。ラストに近づくほどに、ぼくの日常が観る人たちそれぞれの日常に重なっていったように思います。さすがです。見事でした。
 
 ”ぼく”がぼくであることを受け入れたとき、僕は涙が止まりませんでした。

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kuuki6.jpg ”人間”として生まれるということの意味を改めて考えさせてくれました。

 人間って、結局何なんでしょうね。

 空気人形が心を持ってしまい、どんどん”人間”的な物になっていく。すると、そのまわりにいる人間たちの、人間としての存在が危うくなり、壊れた、または失ってしまった部分が明確になっていく。

 もはや日本の人間たちは、人間であることに疲れてしまったようです。こんな世界で、心を持ち続けるなんて・・・。


 それでも”人間”としてやっていかなくてはならないわけだから、みんな何とかして体裁をとり繕って生きているわけですね。空気人形の主人(板尾創路)が心を持たない相手への一方的な愛でもって自己のバランスを保っているように。隣人たちも、それぞれの方法でもって何とか踏みとどまっています。それらは全て”人間”であり続けるための、哀しくて可笑しくて孤独な営みです。

 そうか、”人間”って、哀しくて可笑しくて孤独な存在だったんだ。

 空気人形の主人は、空気人形はあくまで空気人形であってくれと頼みます。そりゃそうです、心を持っている奴がどれ程やっかいなものか日々思い知らされているわけだから。空気人形は、あくまでも代用品。自分の都合だけで、そこにあって欲しいもの。

 でも、空気人形も一つの存在なのであって・・・。

 空気人形は心を持ったことで、とっても切ない思いを抱えます。それは”人間”であることの基本の一つなのですね。自分は所詮代用品、燃やせないゴミであることを自覚しつつ、愛する”人間”の息で満たされることの喜びも知り、少しでも”人間”に近づこうと可愛らしい努力を重ねます。その姿は素直で前向きです。それに比べて、人間たちの何とみっともないこと。そうか。みっともないことも・・・。

 空気人形と人間の境界線。もしかしたら、ファンデーションで消せるほどのものなのかもしれませんね。

 それにしてもペ・ドゥナはやっぱりいい女優だなぁとか、この素晴らしさを説明しにくい(説明すればするほど誤解されそうで)映画だなぁ・・・なんて考えつつ、今日もまた”人間”としての体裁をとり繕っている、燃えるゴミの一つなのであります。


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bokurano6.jpg オヤジたちの夢物語かなぁ。だから、ちょっと照れくさくって切ない。

 もし、自分が同じような境遇になったとしたら、いったい何をするだろうと考えました。う~ん、昔の仲間を集めて映画を作るかなぁ。

 観る前は、大して期待していませんでした。よくあるパターンだし、音楽物は難しいし、竹中直人だし・・・(苦笑)。「ま、こんなもんだろう。」なんて自分自身を納得させるような結果が見えているような気もして。でも、それでも観てしまうのは、こんなパターンが好きなんでしょうね、それと竹中直人も(笑)。

 とても良かったです。

 一番よかったのは、竹中直人が弾ける手前で我慢の演技をしていたところでしょうか。結果、映画全体に説得力があり、とても共感できました。宅麻伸も見直しました。島耕作しか出来ない役者だと思ったいたのですが、いい味出していました。※まぁ、基本的には島耕作でしたが(笑)。その他、脇を固めている役者たちが、みんな楽しそうに演じていて、気持ちが良かったです。

 それと、やはり音楽ですね。奥田民生が音楽アドバイザーとして、映画の土台をしっかりと作ってくれています。劇中歌「僕らの旅」は、なぜか懐かしく、思わず口ずさみたくなるようないい曲です。それをまたシーラカンズが”適度に上手”に演奏するもんだから、嬉しくなってしまいます。

 こんな映画はヒットはしないんでしょうね。でも、何かの弾みで観てしまった人は思いがけない拾い物をしたような得した気分になれると思います。だから、私の周囲の人に、ちょこっと宣伝していこうと思います。幸せのおすそ分けですね。そうしたいなと思わせてくれる、佳い作品だと思います。

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