青空侍のシネマ徒然日記

映画や音楽について、徒然なるままに・・・

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tobira1.jpg まず国があって人がいるのか。それとも人があっての国家なのか。そもそも人と人とを繋ぐものは何なのか。人と人とがつながることって・・・。

 私たちはあらゆる価値観の中で自分のポジションをそれなりに確保し、それを維持していくために、毎日あくせくとつまらないことに心を砕きながら生きているように思います。一体、何のための人生なのでしょうね。

 主人公は大学教授。一般的には羨ましい立場ですね。講義や著述で忙しさを演出し、時折教授としての威厳をちらつかせて・・・。古今東西、大学の先生方にはこうしたお方が多いような気がします。

 でも、彼はわかっています。同僚や学生にもうすうす気づいていますね。彼の姿に何のリアリティーもないということを。ただ、それらしくあるための虚しい努力が作り出した虚像。ある程度はごまかしが効くのですが、彼の場合はごまかす努力さえ怠っているというか、もう完全に現実逃避状態です。
 妻に先立たれ、子供は独立して海外へ。退職までの年数を考えれば、今さら努力する気持ちになどならない気持ちは充分理解できます。なんとか、このまま無事勤め上げて、静かで安定した余生を・・・と考えているのでしょうね。

 でも、虚しいなぁ。
 心の隙間を埋めるために、亡き妻を思ってピアノのレッスンに取り組んでもなおさら虚しくなるばかりです。

 そんな生活の中に突然飛び込んできた2人の”訪問者”。不法滞在者として息をひそめるようにして生活している彼らの人生は、不安定極まりないけれど、リアリティーに満ちています。2人の生活も嘘で成り立っているということは否定できないけれど、それは現実を逃避するためではなく現状を打破するためのものであって、自分らしく生きるためについた命懸けの嘘なんです。つまり、嘘によって実像を守り抜いていると言えるのではないでしょうか。

 ジャンベの奏でるリズムがいつしか教授の心をほぐし、生のリズムを蘇らせていきます。

 そんな時、事件が。
 
 そして、もう一人の“訪問者”。彼女が彼の心の扉をノックします。


 その国で自分の可能性を探りながら精一杯生きていこうとしている若者に対して、それを許し認め受け入れられない国家とは、そもそも何なのでしょうね。
 いい奴なのに。何も悪いことなんかしていないのに。なぜ?
 そして、愛も引き裂いてしまう。生きるための夢も希望も否定されてしまいます。
 国籍、宗教、その他様々なフィルターで濾されて残ったものだけしか認められない。それがあの“自由の国”なのでしょうか。

 何を青臭いことを・・・。  その通り!

 そんなこと言っていたら、9.11は日常茶飯事のこととなって、世の中の秩序はますます乱れ、安心して暮らせる土地などなくなってしまうじゃないか。

 そうなんですよ。でもなぁ。
 国民を国家に繋ぎ止めるためには何だってする。
 国家は国民の生命と財産を守らなければならない。
 これが正義か・・・なぁ。
 でも行き過ぎた正義は・・・なぁ。

 教授が叫びます。
 「私たちは、なんて無力なんだ!」

 本来の自分を取り戻し、やっと一歩踏み出そうとした時に、すべてを引き裂き奪い取っていく大きな力。どうすることも出来ない自分の無力さを知って、彼は初めて考えたんでしょうね、「私たちは何のために生きているんだ。私たちが本当に守らなくてはならないものは何だったんだ。」と。

 アメリカが抱える矛盾。いや、人類が抱える最大の矛盾がここに描かれているように思いました。

 ラスト、教授が打ち鳴らすジャンベの響き。怒りと悲しみに満ちたその音色は、”本当の自由”を求める全ての人々の叫びに聞こえました。

 私たちは無力だ。でも、このままでいいはずがないだろう!

 静かだけれど、とても深くて熱い作品でした。

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