青空侍のシネマ徒然日記

映画や音楽について、徒然なるままに・・・

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karafuru3.jpg 生きることの意味を問う映画は多いと思います。いや、全ての映画はそのために作られてると言ってもよいのではないでしょうか。表現するということの衝動の根元にあるのは、”生”と”死”に対する答え探しにあると考えます。

 「カラフル」。
 
 このタイトルで作者が伝えようとしている思いは・・・。

 ”自分はこの世に存在してもよいのだろうか”という疑念を抱いたことのある人は多いと思います。というよりも、その答えを探し続けることこそが生きるということであり、その長い旅を人生というのではないでしょうか。

 何かにひたむきになっている時はそうした疑念を抱く余裕もありません。ほとんどの人が、人生の大半でそうした時間を重ねているように思います。
 でも、時々、人はそのことを思い出します。ふと気がつくと、自分を取り巻く世界にあって自分という存在の何と曖昧なこと・・・。”自分って何?”と自問自答。答えなんて見つかるはずもありません。人類総がかりになってこれまで考え続けてきたこの問に対して、唯一絶対的な答えを示すことが出来た人なんていないのですから。
 
 カラフル。

 ”ぼく”が辿り着いた答え。
 これでいいかなぁ・・・。これでも、いいかなぁ。

 ”自分はこの世に存在してもよいのだ”と思えた瞬間、身体中に生命がいっぱいに膨らんでいくような感覚を覚えます。温かい、とても満ち足りた感じ。一瞬、いつもどこかに抱いていた不安を忘れることができます。

 ”生”の実感。
 日常の中で感じられるかなぁ。
 日常の中でこそ、感じていたいなぁ。

 原恵一監督が描いた日常は、その画風も含めてとてもリアルな物でした。全体を支配する”死”の影・・・。とても痛々しく、哀しくもありました。でも、じっと見ていると、そこかしこに”生”の喜びも感じられ、意識の中心をそちらに移すとあたたかな光がだんだん広がっていくように思いました。
 この作品では、日常をいかに描くのかということがとても重要だったのではないでしょうか。ラストに近づくほどに、ぼくの日常が観る人たちそれぞれの日常に重なっていったように思います。さすがです。見事でした。
 
 ”ぼく”がぼくであることを受け入れたとき、僕は涙が止まりませんでした。

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