青空侍のシネマ徒然日記

映画や音楽について、徒然なるままに・・・

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manatu1.jpg  潜水艦を題材にした映画には「眼下の敵」という名作がありますが、どうもあの作品を意識して作られたようですね。でも、それにしては少し甘いかなぁ・・・。それなりに”おもしろく”は作られているのですが・・・。

 艦長同士が繰り広げる知恵比べの攻防もやや緊張感に欠けるし、玉木宏が演じているイ-77の艦長・倉本孝行の描き方も表面的で、なぜあのような作戦をとり命令を下したのか(特に「回天」に対する下り)ということの説得力に欠けるように思えました。その辺りが非常に残念です。これは米海軍駆逐艦パーシバルの艦長マイク・スチュワートについても同様で、設定では、米海軍きっての歴戦の勇士であり、日本軍の人間魚雷「回天」の攻撃で弟を失くしたことで、さらなる闘志を漲らせていた・・・ということですが、そこらが全く伝わってこないので、どうして命令を無視してまでイ-77にこだわるのかということが理解できません。
 だから、2人が死闘を通してある種の尊敬の念を敵将に対して抱く・・・といった展開に納得できないし(そのように描いていないかもしれないが)、感動のしどころを見失ってしまうわけです。誰にも感情移入出来ないんですよね。
 
 日本の戦争映画の場合どうして”恋物語”(もしくは”家族”)が添えられるのでしょうか。登場人物の背景を描くためなのかもしれませんが、それにしてはあまりにも安易な方法で、ほとんどの戦争映画の場合に失敗の原因になっているように思います。これが、戦争を時代背景とした恋愛映画だというのなら納得もできますが、泣かせるための演出であったり、客を集めるための手段であったり・・・と、ドラマの本筋とは関係ない”添え物”なんですよね。結局。日常を描くことで非日常である”戦争”というものを際立たせたいという意図があるのであれば、「ジョニーは戦場へ行った」とか「ディア・ハンター」くらいの覚悟を持って描いて欲しいと思います。
 今回も、「あぁ、またやってくれたなぁ・・・。」とちょっとしらけてしまいました。「出口のない海」を観たときも全く同じ感想を持ったものです。
 
 ラストをあのように描いたことで、あぁ、これは”お伽噺”だったんだなぁと思いました。また、現代の日本においては、このような戦争映画が受けるのかなぁとも。苦しくないし傷つかないしカッコいいし、スカッとするし・・・。でも、この映画を観た後に「夕凪の街 桜の国」をもし観たならば、戦争を描くこととはどういうことなのかということを深く考えずにいられなくなると思います。

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