青空侍のシネマ徒然日記

映画や音楽について、徒然なるままに・・・

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 毎年、その年の一本目にどのような作品を選ぼうかと思案するのですが、今年はすんなりこの作品を選びました。何故か?この作品を選ばせる雰囲気が、今の日本には充満しているのかもしれませんね。これは、私個人の気分的なものではなく、国全体の気分的なものだと思うのです。そうした気分を生み出している原因は何か?それを確かめるためにも、今年の一本目はこれにしようと決めた次第です。
 映画館はほぼ満席でした。さすがに子供の姿はありませんでしたが、若者からお年寄りまで各世代の人たちが男女を問わず席を埋めていました。ヒットしているのですね。でも、みんな何を求めて観に来ているのでしょうか。

 今回、これは私としては珍しいことなのですが、まず原作を読んでの鑑賞となりました。実は、今日の午前中まで読んでいて、読み終えた勢いで映画館に駆けつけた次第です。こんなことは、未だかつてなかったことで、少しばかり新鮮な感覚でした。ただ、そうしたことが正解であったかどうかは別として・・・。

 さて、映画「永遠の0」ですが、作品の良し悪しは別として、ヒットしているのがうなずける出来でした。
 まず、観やすかったですね。戦争を題材にした映画としては、私が観たものの中で最も観やすい作品の一つだったように思います。観客にあまり負担をかけない作り方・・・とでも表現すればよいのでしょうか。戦争映画にありがちな過剰なメッセージがなかったからでしょうか。
“反戦”がベースにあるのでしょうが、全てを否定しきれない曖昧さが全編に漂い、登場人物に共感も反感も出来ないまま淡々と観てしまったように思います。これは、私たち日本人の“戦争”に対する現在の基本的なスタンスなのではないでしょうか。なにせ、“戦争を知らない子供たち”が現役を引退してしまっている時代に突入しているのです。もはや“戦争”に実感を持つことなど不可能な日本です。だから、このような描き方が丁度よい・・・ということなのでしょうか。

 “程よく軽い”んですね。

 戦争、特攻、死、離別、戦後・・・。軽く描ける要素はないのですが、逃げ出したくなるような痛みや苦しみがそれ程伝わってこないのです。そして、決定的に欠落していたのが、戦争や時代に対する怒りですね。妙に達観しているというか・・・。
 ただ、そうしたものが全くないというわけではありません。苦しくない程度に散りばめられてはいました。観終えた時にダメージを受け、トラウマにならない程度に・・・。この映画が受けているのは、そのあたりのさじ加減が絶妙だからなのでしょうか。

 “零戦“というのも、今の時代が必要としている何かがあるのでしょうね。宮崎駿の「風立ちぬ」と「永遠の0」は対極にある作品だと思いますが、共に“零戦“を取り上げ、それが受けているのはどういうことでしょうか。“零戦“の持つ英雄的な面と悲劇的な面、その両面が我々の心を引きつけているように思われてなりません。

 今の日本を取り巻く不安定で行き詰まった状況に風穴をあけるために、私たちには、“零戦“のごとく世界を震撼させ圧倒する何かが必要なのでしょうか。たとえそれが悲しい運命を背負ったものであるとしても。もし、そうであるとすれば、この風潮はとても危険な香りがします。

 昨今の“零戦“ブームは、これからの日本の未来を暗示しているような気がしてなりません。

 原作と映画について・・・。
これは仕方がないことですが、やはり原作との違いによって残念な思いをした部分があったことは否めません。それは十分覚悟をしていたことですが。
 ただ、なんとも残念だったのは、新聞記者のくだりがばっさりカットされていたことです。ネタバレになるので詳しい説明は避けますが、マスコミと対峙できない映画製作者の弱腰が見え隠れし、この映画を撮った意味がぼやけてしまったように思えます。営業面を考えてのことだったのでしょうか。まぁ、その結果、誰もが観やすい映画になったかもしれませんが。

 岡田准一は良かったです。作品全体に漂う清潔感は、彼の演技によるものだと思います。

 山崎貴監督はあまり得意な監督ではないのですが、今回は特撮を前面に出していないところには好感が持てました。雑念を持つことなく、物語に集中できたのは有難かったです。どのように撮っているかなどは、観る側には関係のないことですから。
 しかし、やはり人物描写が浅いですね。特に元特攻隊兵士の描き方が甘かったように思います。監督はどういう思いで演出したのでしょうね。やけにアッサリしているなぁというのが正直な感想です。
 この監督は、この映画がどうしても撮りたかったのでしょうか。

 ということで、この映画がヒットすることには納得しつつ、このような“程よく”軽い映画がヒットする日本映画の現状に不安を抱き、この映画をヒットさせる日本全体の気分には大いに危機意識を持つに至った次第です。
 果たして、この映画は、今の日本に必要な作品だったのでしょうか・・・。
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