これもアメリカの現実のひとつなのでしょうね。アメリカ中西部ミズーリ州の貧しい寒村。とにかく疲れ果てた村、そして人々。ここには夢のかけらもありません。
17歳の少女リーの境遇は過酷です。ドラッグがらみの犯罪で投獄された父、現実に耐えきれず心を病んでしまった母、幼い弟と妹。親戚も近所も友達もみんなそれぞれに問題を抱えていて頼りにならない…。彼女がひとり懸命にこの一家を支えています。そして、さらなる問題が彼女とこの家族を追い詰めていきます。
とても静かな作品です。途中、目を覆いたくなるような場面もありますが、全体的には静かな語り口で淡々と描いているように思いました。でも、全く退屈しない。というか画面から目を離すことはできませんでした。リーの、そして彼女を取り巻く人々のそれぞれの人間像が次第に浮かび上がり、それぞれの痛みや悲しみが伝わってきます。
そのように感じられたのは、ひとつひとつのカットにとても説得力があるからだと思います。とにかく主人公リーを演じたジェニファー・ローレンスが素晴らしい。彼女の演技があったからこそ、この映画がこれほどまでに成功したのだと思います。まだあどけなさの残る表情からすべてを包み込むような慈愛に満ちた表情、そして決して折れない強さを秘めた表情まで、完璧にリーを演じ切っていました。とにかく素晴らしい。必見です。
インディペンデント映画ゆえのこじんまりとした観は拭えませんが、細部まで丁寧に作られたこんな映画が、私は大好きです。
このジェニファー・ローレンスについて、誰かと語り合いたいなぁ(笑)。
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「歩行祭」80キロもの道のりを24時間かけて歩き通す。この高校生活最大のイベントの意味とは・・・。
意味などなくていい。そんなものは後からついてくるものだと思います。それぞれがそれぞれの答えを探しながら歩く、自分がどんなことを問いかけているのかもわからないままに歩いている、そんな時間が尊いのだと思います。
私の高校には残念ながら「歩行祭」といったものはありませんでしたが、「ファイヤーストーム」という行事がそれに近いものであったように思います。海岸でクラスごとに分かれて肩を組み合って歌う旧制高校の寮歌。歌の意味など理解してはいなかったけれど、どこにもぶつけようのなかったのであろうそれぞれの思いをその歌詞に重ね合わせて、轟々と燃え盛る炎に身を焦がしながら声を枯らして歌ったあの時間と空間は、今も他に置きかえることのできない特別な思い出としてヒリヒリと私の中で生き続けています。
大学時代には「大貫歩」という行事がありました。これはまさしく「歩行祭」です。夜を徹して大学まで歩き続けたあの日の思い出は、これもまた格別のものとして今も鮮やかによみがえってきます。あの時仲間たちと何を語りながら歩いたのかは覚えていないけれど、彼らの笑顔とひんやりとした夜の風、美しかった蛍の光は忘れることができません。
このような時間があって、今の私があるのです。
この映画に描かれているそれぞれの高校生たちは、それぞれの人生の中にこの24時間を刻み込んでいくのですね。彼らが見つけた答えは人それぞれだろうけど、きっとその後の人生に”意味のある何か”を手に入れたことと思います。
歩くというのはとても哲学的ですね。
あの時の仲間とまた歩いてみようかな。”最後尾”でゴールしたあの道を。
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ドミニク、ニク、ニク…♪1963年に世界中で『ドミニク』という歌が大ヒットしたそうです。日本でもペギー葉山やザ・ピーナッツが歌ってみんなに愛唱されたということですが、当時の私はまだ幼く、残念ながら記憶には残っていません。この映画は、この曲を作り、そして歌ったベルギーの歌手ラ・スール・スーリールの物語です。
まず、この物語が実話を基にして作られていることが重要であると思います。ある歌が生まれ、人々に愛され、歌い継がれていく。とても喜ばしいことであるとは思いますが、その背景には様々な人間模様があるわけですね。
この『ドミニク』という歌は、とても軽やかで親しみやすく、一度聞くとつい口ずさんでしまうような楽しい歌です。しかし、キリスト教の教えがベースとなり、歌う人や聞く人を幸せにしてくれるこの歌に、まさかこのような哀しい物語がそこにあったとは…。
いつの時代にあっても、自分らしく生きることのいかに難しいことか。
まだまだ封建的な考え方が色濃く残っている時代、女性がひとりの人間として自立していくことは本当に大変であったことと思います。ただ、自分が生きている意味が知りたいだけなのに…。自分の人生の手ごたえを感じていたいだけなのに…。
色々な見方ができる映画だと思います。
”こんな時代があったんだ”という感想を持つこともありだとは思うのですが、今はそんな時代の延長線上にあることを忘れることなく、”今”という時代を見直すために観るという見方もありであると思います。
映画としても面白いです。'60年代のヨーロッパの空気を味わうこともできるので、そんな動機で観てもよいのではないでしょうか。きっと後悔はしないと思います。プラスαがどれだけあるかは、観る人の観た時の状況次第…といったところでしょうか。
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東野圭吾×阿部寛 シリーズ最高傑作ということで観てきました。面白かったし、なるほどと感心させられたし、役者もみんな期待通りに頑張っていたし、特に突っ込みどころもないんだけど、この作品をして最高傑作というのはいかがなものかと思いました。無難にまとめた・・・みたいな感じでした。
ミステリーをあまり好んでみない私としては、2転3転して最後になるほどという展開は新鮮なのですが、「スティング」や「ユージュアル・サスペクツ」を観た時のようにエーッと叫びそうになるほどの驚きも、「半落ち」を観た時のような魂を揺さぶられるほどの感動もありませんでした。だから、最高傑作とは認められません。
でも、129分間、しっかり作品の世界に引き込まれ、十分に楽しませてもらえたので、☆4つつけたいと思います。
ただ、この映画に関しては田中麗奈の役はいらなかったように思います。大好きな女優さんなのですが、彼女の登場場面が全体の流れに竿を刺してしまっているように感じられました。存在感のある女優だけに、あのような使われ方でも全体に影響を及ぼすのだなと思います。
それともう一つ。新垣結衣はとても可能性を持ったスケールの大きな女優だと思うのですが、使われ方が偏っているというか、いつ観ても眉間にしわを寄せて・・・、観ていてつらくなる時があります。もったいないなぁと思う次第です。
溝端淳平・・・頑張れ!
期待していただけに少し残念な部分もありましたが、面白い映画だとは誰に対しても自信を持って言うことができる作品です。あとは、好みの問題ということで。
原作は読んでいません。これから読もうかどうしようかと思案中です。読めば評価も少し変わるかな。
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シリーズ3作目。大ヒットした過去2作を、私は全く評価していませんでした。
ヒットする理由はわかるのですが、こうした映画がもてはやされることに違和感と危機感を覚えたものです。
平成になって十数年、バブル崩壊後の混乱と不安の中、自信を失いつつあった私たちが昭和を懐かしく振り返られる過去としてとらえ始めていたタイミングで、VFX技術を駆使してかつての街並みを再現した「ALWAYS 三丁目の夕日」が発表され、多くの人々が郷愁にかられたのは当然のことのように思われます。
特に第1作の昭和33年という時代設定がよかったのでしょうね。戦後の復興期から「もはや戦後ではない」と自信を取り戻しつつあった昭和30年代前半の日本の情景には、現在の私たちがとうの昔に無くしてしまった未来に向かっての夢や希望が満ち溢れていたように思います。そのシンボルが東京タワーであり、皇太子ご成婚であり、東京オリンピックであったのではないでしょうか。また、テレビ・冷蔵庫・洗濯機が(いわゆる『三種の神器』)が普及し始めたころの興奮に満ちたエピソードは、どこの家庭や街々にも共有できる思い出であり、何かしら勇気と元気とぬくもりを与えてくれる魔法の話題であると思います。
だから、映画製作技術の進化によって当時の様子をこれでもかというほど見事に、またサービスたっぷりに蘇らせたこの作品がヒットしないわけがないというものです。まさに「待ってました!」とばかりに受け入れられるのは必然というべきものです。
私たちはこれまでも過去を美しくコーティングして振り返ってきました。「懐かしのメロディー」「TV探偵団」「あの人はいま」等々。そして、昔は良かったなぁと何故か穏やかな表情を浮かべて、しばしの間の現実逃避・・・。それで、ちょっと元気を取り戻すのでしょうね。だから、それはそれでいいんだと思います。
でも、前2作を私は素直に受け入れることができなかった・・・。
なんか、薄っぺらな感じがしたんですよねぇ。映画というよりも見世物ような感じがして・・・。もう一つ肝心の物語に共感できなかったんです。「過去が振り返りたいのなら、当時の映画を見ればいい。」なんて考えてもいました。それに、「こんな、きれいにコーティングされて何が懐かしいだ!昔はもっと汚かったし、臭かった・・・。」なんて。作り物の過去に、何とも違和感がぬぐえなかったわけです。
しかし、今回はあまりそうしたことが気になりませんでした。この映画の景色に慣れてきたせいもあるとは思うのですが、物語がしっかりとしていたからかもしれません。
堀北真希が演じる「ろくちゃん」の恋と須賀健太が演じる「淳之介」の成長を通して、鈴木家と茶川家を取り巻く人間模様が丁寧に描かれていました。おなじみの出演者もそれぞれに役者として充実しているのでしょうね、みんなのびのびとそれぞれの役を演じ切っていました。特に、須賀健太や小清水一揮の二人が好青年に成長していたことが、身内の子たちの成長のようにうれしく感じたのは、やはりシリーズ作品の良い所でしょうか。そういえば、主演の吉岡秀隆も「男はつらいよ!」シリーズで私たちに成長の様子を楽しませてくれていました。この映画、いよいよ“寅さん”のように国民的な映画になっていくのでしょうか。
そして、特筆すべきは堀北真希ですね。彼女が演じる「ろくちゃん」は、素朴で純情で可憐で頑張り屋という、あの頃を知っている私たちの世代が思い描く理想的な女の子だと思うのです。その役を、見事に演じきっている。これは、できそうでなかなかできることではないと思います。彼女あっての「ALWAYS 三丁目の夕日」ではないでしょうか。
他に、森山未來はやっぱり素晴らしいです。彼がスクリーンに出てくると、グッと締まるように思います。決して男前じゃないのにこれほどの魅力を持っているのはなぜか?役者としての“何か大切なもの”を彼は持っているのでしょうね。
今回は、なぜか素直に泣けて笑えました。私の気持ちが弱っていたのか(笑)、映画の完成度が高かったのか・・・、きっと後者だと思います。唯に懐かしさを売りにするのではなく、日本人としての大切なものを思い出させてくれた今回の物語に、私は共感できました。これなら、次作を期待してしまいます。素直に(笑)。
さて、次作は「万国博覧会」でしょうか?
もしそうであるならば、名作「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」との勝負ですね。
期待したいと思います。
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カリフォルニアワインの歴史に、このような楽しいエピソードがあったとは。何事につけ気位の高いフランス人の鼻をへし折ったアメリカの田舎者たちの奮闘には、拍手喝采です。また、このような対決を企画したスティーヴン・スパリエという当時34歳のイギリス人にも最大限の賛辞を送りたいと思います。
今でこそワインは私たち日本人にとっても身近な飲み物となり、スーパーマーケットに行くと世界中のワインを安価で手に入れることができるようになりましたが、私の少年時代にワインを飲むおしゃれな日本人なんて、少なくとも私の家の近所にはいませんでした(笑)。それが今や日本各地のワイナリーで作られるワインも充実し、日本の食卓にも違和感なくワインボトルが置かれる時代になっています。
そのきっかけを作ったのが、この映画の題材になった「パリ・テイスティング事件」であるようです。
フランス国内はもちろん世界中で世界1と考えられていたフランス・ワインが、これまでまともに相手にもしていなかったカリフォルニア・ワインに完敗したという衝撃的な事実。これは、もはや世界的な事件であったと思います。
その後、ワインに対する見方が変化し、世界中のワイナリーが活気づいたことは想像に難くありません。結果、現在のように本当においしいワインをみんなが楽しめる時代になっていったのです。
スティーヴン・スパリエの功績は、我々庶民にとってはノーベル賞ものです(笑)。
1970年代のアメリカの雰囲気も心地よく、のんびりと、ちょっとワクワクしながら観ることができるこの作品は、カリフォルニア・ワインのように口当たりのが良くて後味抜群の映画でした。
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スペインと言えば、サッカー、バルセロナオリンピック、パエリヤ、サグラダ・ファミリア・・・それに、闘牛ですか。。こんなことしか思い浮かびません。明るく、熱狂的なお国柄といったところが、ざっくりとした感想でしょうか。この映画を観た機会にちょっと確かめてみて、驚いたことがあります。それは、内戦を経て1939年から1975年までの実に36年間にもわたって独裁政権下にあったということです。その間の状況など詳しいことはよく分かりませんが、私が高校生になるころになってようやく民主化したという事実に、驚きとともに違和感を感じてしまったわけです。
特に近年のサッカー大国であるスペインのイメージからは、およそかけ離れた印象を持ちます。ただ、多民族国家でバスク独立運動などがあるということや、それゆえにサッカーのエル・クラシコ(レアルマドリードvsFCバルセロナ)の試合が異常に盛り上がるということなどを聞いたことがあります。
あまり予備知識なしに観たこの作品ですが、それでも十分に心を打つ素晴らしい作品でした。内戦から独裁政権時代に突入した頃の物語ですが、芸人たちの視点からその時代が見事に切り取られ描かれています。
芸人というのは、古今東西、いつの時代も社会の底辺に置かれていたのでしょうね。(今もそうであるとは思いません。また、そうでないことを願います。)それゆえに最も時代に翻弄されてきた人たちであったように思います。そして、時代を読み取り、批判し、抵抗しながらも利用されてきた・・・。時代を描くには格好の素材なのかもしれません。これまでにもたくさんの名作が作られています。
このような映画を観ると、私たちの今の暮らしが多くの犠牲の上に立っているということを感じないではいられません。民主化され、ある程度の生活がほぼ保障されている現在の日本に住んでいると、幸福の意味を見失いそうになるときがありますが、世の中は少しずつ良い方向に進んでいるのではと思う時があります。
現在、世界中の多くの国では言論が保証され、自由な往来が可能であり、自由に経済活動ができています。男女問わず選挙権を持ち、自分たちの意志で国の方向性を選択することも一応できる体制にはなっています。
いやいや、世界をもっと見給え。いったいどれほどの人間が今もなお理不尽な死を強いられていると思っているんだ。これで本当に良い方向にいっているといえるのかというご意見もあろうとは思いますが、今から50年前、100年前と比べてみると、それでもやはり前進していると思うわけです。
そして、これまでの時代の流れの延長線上として、今はまだ独裁等によって奪われている人々の人権も、いつか必ず保障される時代が来ると信じたいのです。
40年ほど前のスペインであったのであろうこの物語は、私たちに決して過ちを繰り返してはならないという教訓と、いつか未来は拓かれるというのだという希望を与えてくれます。このような作品を世界中の様々な国が制作し、それぞれの国の過去と現在を確かめ合えることができれば、私たちのこれから進むべき未来が見えてくるように思います。
作品中に描かれる素晴らしい芸の数々。時代を超えて愛されてきた芸人たちの生きざまを愛情たっぷりに描いているこの作品は、観る者の心を解きほぐし、深い感動に導いてくれます。特にラスト10分は、涙なくして観ることができませんでした。
多くの人に観て頂きたい作品です。
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サンタクロースはどのようにしてサンタクロースになったのか。今まで知らなかった心温まる物語がそこにはあったということを知ることができました。フィンランドの北極圏・ラップランドで撮影されたこの作品は、上映時間も80分ほどというこじんまりとした作品ですが、時代背景やその土地の雰囲気が十分に伝わり、サンタクロースを誕生する経緯が他にはない説得力をもって描かれているように思えました。
サンタクロース誕生秘話には聖ニコラウスの有名なお話がありますが、私にはこの作品の方がすんなりと受け入れられました。ヨーロッパ各地に色々なお話があって今の形にまとめられたのでしょうか。いずれにせよ現在のクリスマスは、特に日本でのそれは本来のものとはかけ離れたものになっているように思うのですが・・・。
とても美しく、わかりやすく、心温まる物語なので、ぜひ子供たちに観てもらいたい作品ですね。
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生きるか死ぬかはクジ次第・・・。一兵士にとって、一人の国民にとっての戦争とは、いかに不条理なものであったのか。
お国のためだからと、赤紙が届くと出征するしかなかった時代。兵士になったとたんに、シラミにまみれて掃除もしなくてはなりません。どこに行くのかもしれずに暗闇の海に船出しなくてはなりません。撃たれることが分かっていても突撃しなくてはなりません。それがどんな意味を持っているのか考えることも許されなかった時代・・・。「そうするしかないからそうしていた」のでしょうね。
兵士ばかりが戦争をしているわけではありません。”万歳!万歳!”と見送って、ほんの数ヶ月で白木の箱を受け取る年寄りや女、子供。持っていき場のない怒りや悲しみを、みんなグッと飲み込んでいたのでしょうか。「自分ばかりではないのだから」と諦め、慰めて埋め合わせることができる程の喪失感ではないと思うのですが。
NHKのTVドラマ「坂の上の雲」では、たくさんの兵士が命を落とすシーンが描かれていました。参謀たちにとって兵士はコマであり数であり、決して自分と同じ人間なのだという認識は捨て去られているようでした。一人一人の人生、それぞれに家族がいて、それぞれの事情があり、思いや願いがあるなどということを考えていたら、作戦など立てることはできません。たとえ味方の兵士の大半を失うことがあっても、この戦いに勝たなくては何の未来もないのだという見地から突撃を命じる。命令が出たら「そうするしかないから」兵士は突撃するわけですね。異議を唱えたり逆らったところで、「そうする」以上の結果は期待できないのですから。
結局、ひとたび戦争が始まると、兵士になろうがなるまいが個人の存在は否定され、何分の1の存在としてクジ運に任せるしかないということです。そして、その結果がどんなものであろうとも引き受けるしかないのですね。
「二度と戦争をしてはいけない。」
こんな当たり前のことを、私たちはちゃんと語ることができるでしょうか。
戦争を実感をもって語ることができる世代の人が高齢になった今、私たち”戦争を知らない大人たち”はどうすればよいのか。”何にも知らない子供たち”に、責任を持ってこの国の未来をバトンタッチするために今すべきことは何なのか。
私たちがしっかりしていないから、98歳になった今も新藤監督が”反戦映画”を自ら作らなくてはならないのではないでしょうか。もっと伝えておかないと、私たちにはまだ任せられないと。
いつまでも”戦争を知らない子供たち”などと歌っているわけにはいきません。
この映画を観てもう一つ感じたことは、人間のしたたかさですね。
人は簡単に死んでしまう弱い存在けれど、なかなか死なない強さも持っている。さすがは新藤監督。この悲劇的な物語をカラリと描いて、人間が本来持っている生き物としてのしたたかさを見せてくれます。これは、戦後の復興を体現してきた世代からの我々へのメッセージのように思いました。
最後にキャスティングについて。
大竹しのぶが素晴らしい演技を見せているのですが、どうもこの役には合わないという声がちらほらと聞こえてきます。そこで、誰ならもっと良いだろうかと考えてみました。木村多江なんかどうでしょうか。他に浮かびません・・・。
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恐るべし、満島ひかり。「中の下」を演じさせたら日本一です(笑)。
どうすればこのような”とても日常的でありながらどこまでも非日常的な”日常が描けるのでしょうか。作者の生い立ちを調べたくなります。
人間、開き直った時に本当の力が発揮されるようです。そして、心が解放され、周囲と共鳴する・・・。その姿は美しくもあり滑稽でもあり。映画とは、そうした人間の姿を描くものなのではないでしょうか。そして、それをどのようなフィルターを通して描くかなんですよね、監督の作業というのは。
石井裕也監督のフィルター、とっても気に入りました。ちょっと歪んで見えるところがたまらなく面白いです。
そして、やっぱり満島ひかり。
この若さにしてこの剥き出し感。
今後追っかけたい女優№1ですね。
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心あたたまる物語。いや、実話でした。それぞれの事情を抱え、バラバラになった心を一つにまとめるのは、決して譲ることのできない誇りを共有することでしょうか。
今の日本だからこそ、観るに値する作品なのかもしれませんね。
丘を山にするという一見無謀とも思われる試みが、今の私たちには必要なのではないでしょうか。そうして取り戻すべき誇りが、私たちにもあると思うのです。
是非、観てください。大切なことを思い出させてくれます。
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蒼井優と江口洋介を担ぎ出し、洋菓子店を舞台にちょっぴり切なくて可愛らしい作品を作れば、みんなが喜ぶと思っているのでしょうか。
このように安易な企画で、平凡な演出、新鮮味のないキャスティングの映画は、勘弁して頂きたいのですが・・・。と思いつつ、蒼井優見たさに観てしまう哀しさ(苦笑)
この残念な感じ、「神様のカルテ」を観た時と同じ・・・。やはり、同じ監督でした。
深川栄洋監督の作品では「狼少女」が好きなんですけど、なんか毒気が抜けてしまったようで。コンスタントに作品を発表するためには仕方ないのでしょうか。
蒼井優には、このような作品には出て欲しくありませんね。もっと作品を選ばないと。これまでのイメージを打ち破るのか、もっと蒼井優化するのか。いずれにせよ、誰でもできそうなこんな役は避けた方がよいと思います。無駄に擦り切れてしまいそうで心配です。
江口洋介は、やはりテレビの人なんですね。
江口のりこは、映画の人です。健在ぶりに安心しました。
TVで出来るものはTVで作りましょう。
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まえだまえだをこの映画に起用した時点で、是枝監督の一本勝ちですね。この2人が喋ると、どんなセリフも一瞬にして完成された漫才のように私たちの心惹きつけてしまいます。鹿児島の景色も福岡の景色も、熊本の景色だって、この2人の繰り出す関西弁をなんの抵抗もなく受け入れているように感じられました。そして、ただ関西弁が面白いというのではなく、この2人の背負っている”生活”の匂いを見事に表現しているようにも思われました。そこに是枝監督の凄さと、まえだまえだの天才(本人たちが意識している以上の)を感じさせるのです。
かつて”トゥナイト”という漫才コンビがいました。なるみとしずか。この2人もまたしゃべくりの天才でした。彼女たちの喋りには景色があったように思います。だからでしょうか、犬童監督が2人を主役にして「二人が喋ってる。」という映画を撮っています。なぜかこの作品を思い出しました。
素晴らしい脇役に恵まれ、子どもたちが生き生きと演技をしています。是枝監督は、子どもを描くのが上手ですね。演出しないことが最高の演出法なのでしょうか。突き放したようなカメラワークが、生々しい子供たちの生を引き出しています。
彼らの信じる”奇跡”は、純粋であるがゆえにゴツゴツと角張っています。そして、どこか哀しい・・・。精一杯生きるのは、案外哀しいことなのかなぁ。
それに比べて大人たちはどこかのんきです。いろいろあって、もう純粋じゃいられないから適当に丸くなっているのでしょうか。でも、年をとってもやっぱりどこかで”奇跡”を信じているんですよね。そうじゃないと生きていられないから・・・。
さて、私は何を叫びましょうか。
やっぱり、チョッピリ哀しい叫びになってしまうのかなぁ。
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阪神・淡路大震災から15年目にあたる2010年1月17日の夜に放映されたNHKドラマ「その街のこども」。何となく見たそのドラマは、その後、私の心の奥深いところで何かを囁き続けていました。きっと、そういう人が沢山いたのでしょうね。その年の秋「その街のこども 劇場版」として、全国公開されました。そして、明くる2011年の3月11日。まさかあのような大地震と大津波に日本がのみ込まれるとは…。今日現在の死者は15,822人、行方不明者が3,926人。この中に救える命はなかったのでしょうか…。
今、私のように被災地から遠く離れた地に住んでいた者が神戸の街を歩くとき、震災当時のことを思い起こさせるものはほとんどありません。驚嘆すべきスピードで復興が成し遂げられたと思います。
しかし、現地にあって被災から復興を経験された人たちにとって、これまでの道のりがどのようなものであったのか。正直、全くわかりません。これまで、分かろうともしていなかったようにも思います。「久しぶりに行ってみると、神戸の街が昔のようにきれいになって…。」こんな言葉を、現地の方々はどのような思いで聞かれるのでしょうね。
だから、見事な復興などとは簡単に口にすることはできません。また、震災の傷跡が見られないなども…。
また、そうしたハード面だけではなく、心の問題としてこの15年を振り返った時、想像を絶する様々な出来事があったんだろうなと思います。でも、そのことも全く考えることができていませんでした。今、神戸の街を歩く人たち。そして、かつて神戸の街を歩いていた人たち。当たり前のように日常が過ぎ去っているように見えるけれど、ひとりひとりの心の中にはさまざまな思いがあって、今なおけりがついていないことだっていっぱいあるんだろうと思います。
阪神・淡路大震災は決して歴史上の出来事ではありません。今もなお続いている問題なのです。そんな当たり前のことを、この作品は教えてくれました。
東日本大震災から7か月が過ぎようとしています。被災地から遠く離れた地で安穏と生きている私に、現地に住む人たちのことの何がわかるというのでしょう。何にも分かっていないんです。そして、何もできていない…。
そんな私に、この作品はいろんなことを語りかけてくれました。
問題は、見えることだけではなく見えていないところにもたくさんあるんだってこと。
せめて、この作品を、一人でも多くの人に広めていきたいと思います。
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時代の流れは時として、その国や土地固有の大切な文化を破壊してしまうことがあるけれど、ヨーロッパの歴史を振り返ってみると、特に文化の創造と破壊と再生を繰り返してきた歴史であるように思われます。権力者は、その力を誇示し維持するために、自らの意に沿わない過去、特に伝統的なものを否定し、その伝承者を抹殺してしまいます。
この映画を観て知ったのですが、ブレジネフ時代のソ連でも、ユダヤ人の音楽家やそれを擁護するロシア人たちが排斥されていたそうです。それほど昔とは思えない時代にあってこのように非人道的なことが平気で起こっていたとは・・・。同じことは文化大革命時代の中国でも起こっていたようですが、近くにあって遠すぎる国であったこのような国家の事は最近になるまで本当に分からなかったわけです。
いずれにせよ、権力者の都合によって芸術や文化を破壊することの罪深さを、私たちは肝に銘じて、決して繰り返さないようにしなくてはなりません。
ということで、「オーケストラ!」ですが、ブレジネフ時代のボリショイ交響楽団を舞台に、弾圧された音楽家たちの一発大逆転の成功譚を、ユーモアを交えながら感動的に描いています。
ドン底に突き落とされた音楽家たちは、楽器がこなせる市井の名もなき庶民になっているわけで、それぞれに日々の生活に追われながらたくましく生き抜いているのです。そんな彼らが、人生の”ラストチャンス”で見せるしたたかさは、芸術に対する純粋な思いとともに”どっこい生きているぜ”という人間の強さが伝わってきて、観ている私たちの心にも勇気を与えてくれます。
劇中に奏でられる名曲の数々。特にエンディングの演奏は感動的です。本物の芸術・文化はいかに破壊しようとも必ず再生するものなのです。
本国で大ヒットしたということがうなずける素晴らしい映画でした。
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本当に楽しい映画でした。
この役者たちの何と素晴らしいことか。その芸域の広さと深さには感嘆するばかりです。観る者の心をくすぐるかのごとく、一朝一夕には到達できない芸の境地を披露してくれていました。嬉しくなってしまいます。
原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、石橋蓮司、三國連太郎・・・。なんて個性的で魅力的な面々。昭和映画史を語るときに決して外せない人たちですね。20年前、いや30年前であれば、さぞや前衛的で過激な映画が作られていたであろうこのキャスティング。そこに懐かしい小倉一郎やでんでんが見事に絡んで、何とも大らかで微笑ましいご当地映画を作ってくれたことに感謝したいですね。この人たちの前では佐藤浩市も松たか子もひよっこ扱いで、芸の修業をさせてもらっているようなものです。2人ともそうした思いなのか、嬉々として若造を演じているところがまた嬉しいですね。わたしの頬は、終始緩みっぱなしでした。
これが原田芳雄の遺作になるのだとか。100本以上の映画に出演し、圧倒的な存在感で松田勇作の憧れでもあった彼の最後の作品が、このような心温まる優しい映画であったということは、彼自身の人生そのものを象徴しているように感じられます。
一見、強面でとっつきにくそうな彼の下には、たくさんの役者たちが彼を慕って集まってきていたそうです。決して強制ではなく、本当に彼の人間性を慕って集まってきていたのでしょうね。そこに役者原田芳雄の神髄が見て取られ、そうした役者人生の境地がこの作品に見られるように思います。
原田芳雄亡き後の日本映画界。きっと何かが変わってしまうと思いますが、彼の意志は多くの役者たちに引き継がれ日本映画界の底流をいつまでも流れていくのだと思います。
原田芳雄が人生の最後にわれわれ映画ファンに披露してくれた”別れの宴”のごときこの映画、心の底から楽しく味わわせていただきました。
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これが現実なのであれば、この列車は一体どこに向かって走っているのだろうか。アメリカに行けば幸福が待っているなんてことを信じている人は、さすがにもう何処にもいないだろうけど、それでも命を懸けても国境を越えようとする人たち。アメリカに夢があるかないかなんてことが問題ではなくて、あまりにも夢のない現実が問題なのか…。
列車の屋上から山上に見えるキリスト像に祈りをささげる移民たちの姿が描かれていましたが、絶望的な状況にあってもすべては神の思し召しとして受け入れることができるのでしょうか。
やり切れなさと閉塞感と…。彼女の未来にせめて微かな光を感じたいと願いつつ観終えた時に、では日本の未来に光はあるのかとふと考えて、我々の終着駅を思わずにはいられませんでした。
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どの映画を観ようかと考えるとき、好きな監督や役者の作品である場合は除いて、前評判や受賞状況が大きな判断材料にあることは言うまでもありませんが、やはり”直観”のようなものが一番大切であるように思います。ポスターやチラシから映画全体の雰囲気をつかみ、今の自分に合っているかどうか…。レンタルビデオ屋さんに行って、DVDのジャケットで判断するのもこの類ですね。思えば、かつてレコードを買うときにも同じ作業をしていたなぁと思います。LPレコードのジャケットを見て衝動買いしてしまったことが何度あることか。でも、ほとんどの場合後悔することなく、むしろ自分が知らなかった世界の扉を開けてくれたような気がします。
そんな時、もう一つ大きな影響力を持っているのがタイトルですね。どんなに素晴らしい映画も、タイトルが陳腐だと観る気がしません。逆にタイトルに惹かれて観た映画もたくさんあります。ただ、これは失敗することもよくありました。邦画はともかく外国語映画の場合、映画会社の誰かがつけているのであろうタイトルは、本当に出来不出来に差があります。だから、原題のままにすればよかったのにと思う作品の何と多いことか。
一方で、私の大好きな作品の一つ「ランボー」などは「First Blood」というタイトルであれほどのヒットをしたとは思えません。現に、アメリカでも「RAMBO」というタイトルに改められているそうです。
そこで、「ボローニャの夕暮れ」です。
原題を訳すと「ジョバンナの父」ということなのだそうですが、こちらの方が映画の内容にはあっているように思います。まさにジョバンナの父の物語です。でも、それじゃぁ観る気になれなかったでしょうね。
ボローニャという地名が醸し出す異国情調に加えて夕暮れという言葉が持つ郷愁。騙されてはいけないと思いつつも、つい惹かれてしまうわけです。DVDのジャケットもまさにそのあたりを狙ったつくりになっているわけで、気弱になっているときにこれを手に取ってしまうと、つい観てしまうといった…(笑)。
結局、まんまと観せられてしまいました。
感想は、ジャケ買いは怖い…といったことでしょうか。決してつまらない映画ではありませんが、期待していたものとは少し違っていたので戸惑ってしまいました。今、観たい作品ではなかったということです。そこが少し残念でした。
でも、当時のイタリアの雰囲気を楽しむのであればなかなかいい作品であると思うし、ある程度の予備知識を持って観たのであれば、きっともっと楽しめたのだと思います。同時代のドイツを舞台にした映画「白いリボン」と比べて観ると、さらに楽しめるかもしれません。
結局、勝手な思い込みで観ると痛い目に合うこともあるということでしょうか(笑)。でも、そうした思い込みや”直観”がなくては、いい映画にも巡り会ませんね。観て損をする映画もありません。今は合わなくても次観た時は感動することだってあるのです。
そんなことをあれこれ考えさせてくれた作品でした。
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こういう作品を”ご当地映画”というのでしょうか。これまでにもたくさん作られてきたと思いますが、地方の高校の部活動を題材にしているものが多いように思います。共通しているのは、地方が舞台であることと、マイナーな部活動が題材になっていること。そして、その多くが実話をもとにしていること。そのあたりが共感を呼ぶポイントになっているのではないでしょうか。
運動部系でまず思い浮かぶのが「ウォーターボーイズ」。そして、「シムソンズ」。前者はTVドラマ・映画ともに大ヒットしました。後者もなかなかいい作品だと思います。ともに、目の付け所がよかったように思います。「スマイル 聖夜の奇跡」も、私は好きです。また、メジャーな野球を題材にしている「ROOKIES」もこの括りに入れてもよいとすると、この手の作品で近年もっとも成功した作品と言えると思います。
文化部系も頑張っています。「スイングガールズ」なんかが代表作と思いますが、これは「ウォーターボーイズ」の二番煎じ的で個人的にはいま一つだったのですが…。でも、この映画から素晴らしい女優が多く育っていることからすると、価値のある作品であるとも思います。他に「恋は五七五!」なんていう面白い作品もありました。同じ四国・愛媛を舞台にしている点でも「書道ガールズ」に通じるものがありますね。四国つながりで「阿波DANCE」っていうのもあるんですが、「シムソンズ」のスタッフが2匹目のどじょうを狙って失敗したというなんともみっともない映画でした。
この「書道ガールズ」は、やはり実話にヒントを得て作られたということですが、それが良くも悪くも映画全体を規定してしまっているように思いました。実話の持つ感動性とそれ以上には作れないジレンマと…。これはこの手の作品では避けては通れない問題でしょうが、それを克服した作品がオリジナリティーを持った映画として成功するのではないでしょうか。
成海璃子はやっぱり面白い女優ですね。彼女を見ているだけで飽きません。これからどんなふうに化けてくれるのか、楽しみでなりません。主役を張れるだけの”何か”を彼女には感じます。
実話がベースという縛りがあるのでしょうが、もう少し物語をしっかり作って欲しかったように思います。ガールズたちひとり一人の背景が希薄で、ラストの感動には何かが足りなかったような気がします。
しかし、近年”書道パフォーマンス”を各所で見かけます。それに一役買ったこの作品は、”ご当地映画”としては大成功なのかもしれません。
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とてもコメントしにくい映画ですね。でも、私は好きです、この映画。全くの予備知識なしで観たもんで、驚きや戸惑いも多少はありましたが、観ている間も、観終えた時も、そしてしばらくたった今でも、温かな気持ちにさせてくれる何かを持った映画だと思います。
発達障害のある一人の男の人生・・・。これだけで大きなテーマを持った作品だといえます。障害をテーマにした作品は、これまで幾度となく作られています。また、名作も多いように思います。この作品も、大きくくくるとその一つになるのでしょうが、それだけではない要素がもう一つあるのがこの映画最大の特徴だと思います。
もう一つのテーマ。アメリカ社会におけるイスラム教徒の存在。というか、イスラム教徒として、アメリカ社会でいかに生きていくかということ・・・。
9.11以降、これは厳しい問題ですね。日本にあっても、イスラム系の人たちの存在というのは他とは違った微妙な空気を生み出す要素を持っているように思います。ましてや、アメリカではどうなのか?想像に難くありません。ただ、現実にどうなのかという情報は極めて乏しいのですが。
イスラム教徒でアスペルガー症候群の中年男性が、アメリカで生きていくということがどういうことであるのか。ブッシュ大統領からオバマ大統領の誕生へ・・・変わっていくアメリカ社会を背景にさまざまな課題が私たちに提示されます。その一つ一つを考えさせながら、ラブストーリーという側面も持つこの作品、インド映画独特のサービス精神をギリギリ抑制しながらも所々でちょっとやりすぎるご愛嬌もありながら、最後まで一気に見せてくれます。
主演のシャー・ルク・カーンとカージョルが素晴らしいですね。特にカージョルが魅力的で、他の作品が見たくなりました。
決して完璧じゃない、ダンスなし、ちょっと長めのインド映画ですが、十分に楽しめるとともにいろんなことを考えるきっかけにもなると思うので、みなさんにお薦めしたいと思います。そして、みんなの感想が聞きたいなぁと、そんな気にさせる映画でした。
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